尼崎台

あまがさきだい
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  唐物天目台。天目茶碗を据えて茶湯を饗する器物。天文初年(1532~)堺の天王寺屋宗柏(津田宗及の祖父)が渡唐(中国入り)の柴野道堪(のち医師)に托し、天目台20台をもとめた。道堪は10台をもたらして尼崎に帰朝したが、暴風雨により1台を失して9台が到来したという。「尼崎台」といわれる。黒漆塗で地付の内に蜈蚣〔むかで〕の印が朱で描かれるので「蜈蚣台」あるいは「印の台」と呼ばれたという(分類草人木)。東山名物の「七つ台」(数の台)と並び称される茶器名物である。「数の台」「蜈蚣台」などという説明は混乱し定説はない。尼崎に伝来した唐物天目台の名物と説明するにとどめる。尼崎津の発達の一齣〔こま〕である。

執筆者: 永島福太郎

参考文献

  • 永島福太郎他編『原色茶道大辞典』 1975 淡交社
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