尼崎運河

あまがさきうんが
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
尼崎港の運河
尼崎港の運河

  1934年(昭和9)6月7日の都市計画兵庫県地方委員会において、幅員・深度別に6等級、計12本の運河計画が決定され、同月29日内閣の認可を得た。同年9月の室戸台風で市域南部は大きな被害を受けたため、翌1935年3月19日の都市計画兵庫地方委員会で災害復興の執行年度計画が決定され、大庄村又兵衛から道意にいたる延長244m幅員47mの運河(中堀運河)と大高洲町から大庄村道意を経て西にいたる延長2,892m幅員40mの運河(北堀運河、ただし西高洲町以東は実現せず)が計画にあげられた。同年5月14日内務大臣により都市計画事業として認可され1938年4月に着工したが、この間計画の変更があった模様で、大庄村西から平左衛門町にいたる西堀運河も建設、遅くとも1942年には完成している。これに東松島町から旧左門殿川にいたる東堀運河を加えて、現在の尼崎港には幅30~40m水深2~4mの4運河があり、総延長5.61kmとなっている。

執筆者: 地域研究史料館

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