アーカイブログ | 尼崎市立地域研究史料館








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現尼崎市域にあった大庄村(おおしょうむら、昭和17年-1942-に尼崎市に合併)が村章を制定する経過について知りたい。/国立国会図書館レファレンス協同データベース

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尼崎市域の南西部には、大庄村という近代行政村があり
ました。臨海部の工業化により、人口流入が進んでいた
地域です。その大庄村では、昭和7年(1932)7月に村章
を制定しました。その制定過程はどのようなも....


尼崎城下町絵図の調査

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尼崎市立文化財収蔵庫が本年度発行を計画している『尼
崎城研究資料集成』。
史料館所蔵の尼崎城下町絵図が複数掲載予定です。

先日、文化財収蔵庫室谷公一学芸員が来館、絵図の計測・
撮影等の調査を実施しま....


中世城郭の富松城にはどういう城主がいたのか?/国立国会図書館レファレンス協同データベース

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近世城郭には、城主がいるのが通例でした。通例という
のは、たとえば豊臣家滅亡後の大坂城のように徳川将軍
家直轄となり、城主を置かず城代が常駐する城もあった
からです。
では中世戦国期の城郭の場合はどう....


武庫川洪水の歴史/国立国会図書館レファレンス協同データベース

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高く堅牢な両岸堤防に、しっかりと護られた武庫川。こ
の現在の姿は、大正から昭和初期に行なわれた武庫川改
修工事によって実現したものです。
それより前、とくに近世以前は武庫川は荒れ川であり、
流域にしば....


尼崎藩主であった戸田家・青山家・(桜井)松平家3家、歴代12人の墓所を調べたい。/国立国会図書館レファレンス協同データベース

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尼崎藩の立藩は、元和3年(1617)で、初代
藩主は戸田氏鉄(うじかね)でした。
その後青山家4代―幸成(よしなり)・幸利
(よしとし)・幸督(よしまさ)・幸秀(よ
しひで)―が尼崎藩主となり、さらに(桜井....


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