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◇●◇●◇「バーチャル歴旅」〜史料館架蔵史料の紹介〜vol.16-2(その1)◇●◇●◇

by ブログ管理者

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昨日の「月代(さかやき)」の話の続きです。月代を剃
らない理由を考えるためには、この史料が出された背景
をたどる必要があります。
最初に本史料(吉田惣兵衛氏文書(1)207)の「御穏便
中」という言葉に着目してみましょう。「穏便」という
言葉はそのまま「穏やかであること」であり、その言葉
に敬語の「御」がついています。誰か貴人のために静謐
に過ごすことが求められ、しかもその最中である、とい
うことが、この言葉からうかがえます。

近世では、為政者の死に際しては、謹慎・静謐を求める
「鳴物停止令(なりものちょうじれい/普請等の禁止を
命ずるもの)」が出されました。そうした「鳴物停止」
にとどまらず、今回の場合は「丑年12月21日」という正
月を控えている時期であることから、正月の祝いも控え
るよう命じたものと考えられます。
また、この触については、尼崎藩からはかねてより郷廻
役人(=村々の見回りを担当する役職)が出張し、村々
に対して、厳格に徹底させようとしていることがわかり
ます。以上のような尼崎藩のものものしさを考えると、
このとき亡くなった人物は、尼崎藩主であった可能性が
高くなります。
(つづく)


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