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天保改革を主導した幕府老中水野忠邦と田中・善法寺・潮江

by ブログ管理者

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田中村・善法寺村・潮江村はいずれも尼崎市域にあった近
世村です。これらの村々は、ほんの一時期ですが、水野忠
邦の領地でした(善法寺・潮江は村の一部)。水野忠邦と
いえば、天保の改革を主導した幕府老中。幕府老中にかけ
あがるまでの立身出世の途上に、尼崎地域との関わりをも
つことになりました。文政8年(1825)5月、忠邦は大坂城代
となります。それにともない、役知(役職就任にともなっ
て与えられる領地)として摂津・河内・播磨1万5000石の替
え地が与えられました。同年の11月には京都所司代、同11
年には西丸老中に任ぜられ、出世コースを邁進していきま
す。同13年には、田中村はじめ尼崎市域の3村は忠邦の手か
ら離れ、新たな領主を迎えることになりました。
天保5年(1834)、やや年月がかかりましたが、忠邦は念願の
本丸老中に任じられます。
写真は、元禄期(1688〜1704)の、尼崎市域及び周辺地域
の所領配置図です。水野の生きた時代より以前ですが、尼
崎藩領域のまわりの所領は、様々な領主の所領があったこ
とがうかがえます。こうしたなかに水野の領地もありまし
た。


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