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日本で一番早い「目安箱」の設置は尼崎藩!?(その2)

by ブログ管理者

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尼崎城下に目安箱の設置があったと考えられることは、
『尼崎市史』第2巻ですでに指摘がありました。ルーク氏
はこの指摘を参照しています。『尼崎市史』によると、
戸田氏鉄が大垣藩へ移ったのち、寛永13年(1636)3月2日
に出した法令(「条々」)23か条の末尾に、「この23か条
は、尼崎藩時代に出した法令であり、大垣でもこれらを仰
せつけるから守るように」と述べられています。そして、
法令の第5条に「訴訟については、『御城目安箱』へ書き付
けを提出するように」とあります。
もっとも、この法令には但し書きがあり、当面のことを除
いては、10月から12月までは訴え出てはならない旨が明記
されています。この時期は年貢収納にかかる時期。年貢に
関する訴訟(おそらく減免要求)が増えることを想定し、
それらについては当初より受け付けないとの趣旨ではない
かと考えられます。

【参考文献】
ロバーツ・ルーク「土佐藩訴状(目安)箱の制度と機能」
(『海南史学』28、1990、のち深谷克己/堀新編『展望日
本歴史13 近世国家』東京堂出版、2000に収載)
『尼崎市史』第2巻p213〜215、『尼崎市史』第5巻p386〜387


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