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享保の「国分け」に翻弄された村々―武庫川修復普請に関わる訴訟史料から―(その2)

by ブログ管理者

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ところで、畿内・近国8か国では、領主が異なる村どう
しの裁判は、享保7年(1722)以前は京都町奉行所・大坂
町奉行所のいずれかで行われていました。しかし、享
保7年、裁判管轄が確定し、8か国のうち山城・大和・
近江・丹波は京都町奉行所、摂津・河内・和泉・播磨
の4か国は大坂町奉行所が管轄することになります。
裁判の終了目前に行われた享保の国分け。このシステ
ム変更の影響は、この裁判にも及びます。突然、訴訟
が大坂町奉行所での取り扱いとなったことを告げられ
たのです。
村々当然、京都町奉行所での裁決を望みます。しかし
ながら、村々の希望は聞き入れられず、大坂への再度
の出訴を命ぜられてしまいました。
この出訴において、これまでの裁判の経過を記した書
類は、争っている当事者がそれぞれ調え、大坂町奉行
へ改めて出訴したようです。
結果はわかりませんが、予定よりも裁判が長引くこと
になり、そのぶんの事務が増え、訴訟費用が嵩んでし
まったものと推察されます。
この史料は、幕府支配におけるシステム変更に翻弄さ
れた村々の様子をも伝える史料でもありました。


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