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尼崎藩主青山幸利(よしとし)・青山幸督(よしまさ)の墓の移設(その1)

by ブログ管理者

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昨日ご紹介しました新聞記事コレクションに興味深い記
事がありましたので、詳しくご紹介します。
1912年12月15日付の“San Francisco Call”(113-15)。
タイトルを邦訳すると「日本のミイラ化技法のスゴ技が
明らかになった」という感じでしょうか。
ショッキングなタイトルですが、尼崎藩主青山家菩提寺
の安養寺に埋葬されていた青山幸利・幸督の墓の移設に
ついて伝えた記事です。

記事によると、相生橋署の警官の監督下、青山子爵の代
理人立会のもと、この二つの墓が開けられたそうです。
墓はいずれもたいへん精巧な構造をしていて、陶器製の
内棺、それを包む大きな木棺を納めた石室であったとの
こと。両藩主の遺体は、その外見(蝋人形のように見え
たようです)も衣服も埋葬された当時のまま、生きてい
るかのように横たわっており、作業にたずさわった人々
はとても驚いたそうです(幸利・幸督が亡くなってから
200年以上が経過しているため)。遺体はすぐに別の墓に
埋葬され、発見された硯、印籠などの副葬品は、安養寺
によって保管されることとなりました。


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