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尼崎市防災センター1階ロビーに青山幸利像

by ブログ管理者

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寛永20年(1643)から貞享元年(1684)まで尼崎藩主で
あった青山幸利(よしとし)は、尼崎藩青山氏第2代にし
て「明君」と伝えられ、藩政への貢献に加えて、大坂城
代青山宗俊の右腕として幕府の西国支配を補佐するなど、
さまざまな事績が伝えられています。
この幸利の像が、尼崎市防災センター1階ロビーに展示さ
れています。写真のとおり、火事装束をまとった騎乗の
姿です。「火消」に関する幸利の功績をたたえ、昭和38
年(1963)に作られました。
「青大録」(幸利の嘉言善行を記した書物/国立公文書
館内閣文庫所蔵)では、火災発生時や時後における幸利
の対応が記録されています。
たとえば、明暦3年(1657)に江戸を襲った明暦の大火の
際、江戸城警固のため家臣とともに駆け付けたことが紹
介されます。明暦の大火後、江戸の火消体制は抜本的に
見直されますが(大名火消の成立)、「青大録」では、
江戸城にかけつけた功績により、幸利はこの成立時の火
事番に抜擢されたと伝えられています。
さらに、万治3年(1660)、寛文5年(1665)にはいずれも大
坂城が落雷による火災の被害がありますが、いずれも幸
利は大坂に駆け付け、修復や警固などを担いました。


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