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1,000年前の尼崎/Web版尼崎地域史事典"apedia"(その1)

by ブログ管理者

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「50年前」「100年前」「500年前」と順にたどっ
てきたこのシリーズ。今回は1,000年前、1019年
(寛仁3)頃の尼崎をのぞいてみましょう。

Web版尼崎地域史事典"apedia"の年表ページを見る
と、1019年(寛仁3)の項目は出てきません。平安
時代中期のこの時代、現在の尼崎地域でも毎年さま
ざまな出来事があったはずですが、後の時代と違い、
まだ地域の様子を細かに記す文書や記録があまり作
られない、仮に作られたとしても、なかなか後世に
伝わりにくい時代だったんです。
1019年の前後、11世紀前半の項目を見ると、藤原高
遠の一族を乗せた船が「河尻」を出てまもなく難破
し多くの人が溺死(1005年、寛弘2)、淀や山崎、
現尼崎市域の長洲(ながす)あたりで多くの人や家
屋に洪水被害(1034年、長元7)、関白藤原頼通が
肥後国から上京する殺害犯を捕らえるため検非違使
(けびいし)を「河尻」付近に派遣(1040年、長暦
4)と、なにやら不穏な出来事ばかりが目立ちます。


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