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■大物浦(だいもつのうら)と絵画作品(3)―豊原国周―(その1)

by ブログ管理者

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写真は豊原国周画「文治四年摂州大物浦難風の図」、3
枚1組の木版です。
豊原国周は、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師で、
役者絵を得意としていました。幕末から明治にかけて沈
みかけた浮世絵界を牽引した実力者だったと言われてい
ます。国周作品に関する研究は現状ではまだ少なく、今
後の研究の進展が期待されます(菅原真弓「豊原国周研
究序説」京都造形芸術大学紀要18号、2014など)。さて、
先日ご紹介した浮世絵と比較すると、豊原国周の大物浦
の場面の独特の解釈がみえ、それが作品の構図に反映さ
れていることがわかります。
先日紹介した浮世絵では、総大将平知盛の怨霊が正面を
向き、義経ら主従は後ろ向きでした。豊周の作品は義経
ら主従が正面を向き、平家の怨霊は左横奥から正面に回
り込み船を襲うという構図をとっていることがわかりま
す。船首で数珠をもみ、必死に調伏をする弁慶、怨霊と
戦う従者たち、そして義経はその従者に守られ、奥に控
えています。怨霊は、壇ノ浦の戦いで若くして亡くなっ
た平有盛(ありもり)・資盛(すけもり)・行盛(ゆき
もり)の3名。ともに手をとって入水したと伝わります。


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