アーカイブログ | 尼崎市立地域研究史料館








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新着史料の紹介(その2)

by ブログ管理者

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 良弼は天保4年(1833)に堺奉行、同7年に大坂東町奉行、
同10年9月10日に大目付(信濃守と名乗る)、その後も勘
定奉行など栄進を続け、最後は若年寄まで出世します。
 大坂町奉行として就任していたときは、天保8年(1837)
に起こった大塩平八郎の乱への対応に迫られました。
 従来、良弼ら大坂町奉行は、大塩の乱にいたるまで十分
な経済政策をとることができず「無能・無策」であったと
厳しい評価受けていました。しかし、近年は大坂町人のた
めの飯米確保を目的とした積極的な政策を次々と打ち出し
ていたとし、その評価が見直されつつあります。
 大塩の乱といえば、尼崎藩も大坂町奉行など在坂役人の
指示がある前から、当時の藩主であった忠栄の判断で、大
坂へ火消しのため家臣を派遣していた事実が指摘されてい
ます。「大坂の西の守り」を実践する尼崎藩の具体像が少
しずつ明らかになっています。


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