アーカイブログ | 尼崎市立地域研究史料館








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万治3年(1660)の今日(6月19日、旧暦)の出来事

by ブログ管理者

万治3年(1660)の今日(6月19日、旧暦)、尼崎藩主青
山幸利(よしとし)が、落雷により破損した大坂城復旧支
援のため、普請奉行以下の家臣・人足の派遣を命じま
した。/"apedia"今日は何の日より

青山幸利は、尼崎藩青山氏2代目藩主です。彼の没後
編纂された『青大録(せいだいろく)』から、その人柄をう
かがうことができます(『尼崎市史』第5巻に抄録)。
『青大録』によると、万治3年6月18日に大坂城中に落雷、
矢倉・多聞が潰れ、煙硝蔵で火災が発生しました。翌19
日早朝に、すぐさま幸利は大坂へ駆け付けて、大坂城の
管理に携わる大名・旗本たちに対面し、被害状況を聞き
取ると、尼崎にとって返し、必要人員の大坂城への派遣
を命じます。その数1,000人以上。幸利の迅速な手際の
よい支援に、人々は感歎したと『青大録』では文章を結
んでいます。
尼崎藩の居城・尼崎城は、大坂城の「西の守り」として、
大坂城守衛の城として築城されました。そうした尼崎藩
の役割がうかがえるエピソードでもあります。

Web版尼崎地域史事典"apedia"
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/apedia/


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