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ふすま下張り文書はがし作業の成果として−その2−(2)

by ブログ管理者

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様々な可能性が考えられますが、この展示では、その可
能性のひとつを紹介しました。それは、大坂の町触を、
尼崎藩が領民が承知しておくべきものと判断し、領内に
通達した、というものです。大坂の町触は尼崎藩にとっ
て、広範に展開していたと予想される、領民の大坂にお
ける経済活動が支障なく進むための情報としての側面が
ありました。
下張り文書にあったのは、天保13年(1842)8月16日付の安
治川目印山の地子・冥加銀の免除を仰せ渡した触書と、
同年8月19日付の壱分銀通用停止の浮説に惑わされず、壱
分銀を通用するよう諭した口達です。
なお、上記については、以下の論文を参考にしました。
史料館に所蔵していますので、史料館でご覧いただけます。
参考文献:岩城卓二「尼崎藩における大坂町触通達」
(塚田孝編『近世大坂の法と社会』清文堂出版、2007)


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