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あの頃のあまがさき―歴史的公文書編(3村章)

by ブログ管理者

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史料館が収集している尼崎市の「歴史的公文書」なる
ちょっと難しそうな資料群から、ちょっと昔の尼崎を
のぞいてみる連載です。
今日ご紹介するのは大庄村が昭和7年(1932)に村のシン
ボルマークである「村章」を定める際に作成した文書
「村章制定関係書」(旧永年公文書大庄村役場文書45)
です。大庄村がこの時期にシンボルマークを作った理
由は不明ですが、村内在住者を対象にデザインを募集
したところ、253件もの応募がありました。それぞれが
考案したデザインを理由とともに記しており、どの作
品もふるさとへの愛情があふれていますね。ここでは
惜しくも入選を逃した作品のなかから、大庄村の「大」
の字を用いたものををいくつかご紹介します。多くの
作品のなかから村章として選ばれたのはどのようなも
のだったでしょうか。以下に掲載していますので、ど
うぞご覧ください。
「現尼崎市域にあった大庄村(おおしょうむら、昭和
17年-1942-に尼崎市に合併)が村章を制定する経過に
ついて知りたい。」(国立国会図書館レファレンス協
同データベース)
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000261797


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