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空襲から75年

by ブログ管理者

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尼崎においても甚大な被害を出した1945年(昭和20)
6月の空襲から75年が経ちました。

特に被害が大きかったのが、6月1日と15日の空襲です。
6月1日は第2次大阪大空襲の日であり、15日は第4次大
阪大空襲の日に当たります。
つまり、尼崎市は大阪に付随する大都市域として位置
づけられ、一体となって被害を受けたのです。
6月1日は死者248名・重傷者273名を出しました。罹災
者数は11,317名でした。15日は死者64名・重傷者247
名でした。罹災者数は25,565名に上ります。尼崎市だ
けでこの人数です。

数字にすると現実味が損なわれがちですが、この数字
ひとつひとつには、市民ひとりひとりの大切な人生が
ありました。
空襲により失われたものは、人命や健康だけではあり
ません。それまで当たり前にあった日常の中の数え切
れない大切なものが、たくさん失われました。

75年という節目の今、改めて、知ること・考えること・
感じることが大切だなと思い発信しています。

※写真は、杭瀬商店街付近のものです
(図説尼崎の歴史p132掲載)。

参考:http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/chronicles/visual/04kindai/kindai4-8.html?fbclid...


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