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「公害」から「環境」へ、8月30日のふたつの出来事〜apedia「今日は何の日」より〜(その2)

by ブログ管理者

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(2)28年前、平成6年(1994)の今日、尼崎市環境
審議会が設置されました。

同審議会は従来の尼崎市公害対策審議会に替わって、
同5年(1993)に制定された環境基本法にもとづき環
境保全を調査審議するものです。

昭和60年代から平成初年にかけては、全国的にも「公
害」から「環境」へと環境行政の転換期でした。昭和
62年(1987)に、尼崎市は毎年発行する環境白書の表
題を『公害の現状と対策』から『尼崎の環境』へと変
更しています。
一方で、国は、昭和63年(1988)3月1日をもって全国
の大気汚染地域指定はすべて解除しました。これより
前尼崎市は他の20の自治体と解除反対の意見書を提出
しましたが、聞き入れられることはなく、公害患者の
新規認定は打ち切られました。これを受けて同年12月、
尼崎の認定患者・遺族らが国・阪神高速道路公団・企
業を相手に、尼崎大気汚染公害訴訟を起こしていきま
す。43号線訴訟、同53年(1978)の西淀川公害訴訟に
続く大規模訴訟であり、阪神間ではいかに道路公害の
問題が深刻であったかがうかがえます。


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