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尼崎の地名と古文書(3)〜塚口/その二(1)

by ブログ管理者

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昨日に引き続きまして、塚口村関係の史料のうち、「仲
間奉公人差し出しにつき請け状」(当館寄託岸岡茂氏文
書25)のご紹介です。
武家奉公人となるのは勘三郎さん。
この史料の作成者はその勘三郎さんの身元保証人となる
(右から)塚口村庄屋四郎右衛門・同庄屋市郎兵衛、塚
口村年寄権右衛門・同市右衛門・同清右衛門の5名です。
宛名は佐藤源八と岩田何右衛門。二名の詳細は不詳です
が、尼崎藩士と思われます。証文の内容はおおむね以下
のとおりです。
(1)身元の確かさを示すために、勘三郎さんが東富松
村円受寺の檀家であることが記されています。(詳細は
省きますが、これにより、キリシタンでないこと、無宿
でないことが証明されます。)
(2)雇用期間は、寛保元年(1741)2月2日〜同3年2月2日
までの2年間、「給米(お給料)」は、総額4石4斗4升(約
666kg)でした。
(つづく)


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