アーカイブログ | あまがさきアーカイブズ公式ブログ








Ringworld
RingBlog v3.22

<< 史料の紹介の記事 >>

「バーチャル歴旅」〜史料館架蔵史料の紹介〜vol.2-2(その1)

by ブログ管理者

12_8C_8E6_93_FA_89_BA_8D_E2_95_94_91_BA_8AG_90_7D__81i_96k_82_F0_8F_E3_95_94_82_C9_92u_82_AB_8A_B7_82_A6_82_BD_82_E0_82_CC_81j.jpg
昨日に引き続き、下坂部(しもさかべ)村の「村絵図」(三根久昌
氏文書350)をご紹介します。
下坂部村は、猪名川と藻川の分岐点から少し下流の藻川西岸、
猪名寺村領内の堤に取樋口のある大井(おおゆ)組のうち、東
川組に属していました。大井組は東川組(田中・瓦宮・若王寺・
小中島・下坂部・次屋)と西川組(久々知・潮江)の8か村を井親
(ゆおや)、浜・西川・常光寺・今福・東長洲・中長洲・西長洲・
金楽寺・東難波の9か村を井子(ゆご)とする17か村で組織され
ていました。
それでは、村絵図内に描かれている「川筋・溝(=河川・水路)」は、
実際に尼崎市域どの範囲の河川・水路を描いたものなのでしょう
か。

(つづく)


<< >>