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○◆○◆○「あの頃の尼崎」〜史料館架蔵史料の紹介〜vol.5-2-1○◆○◆○

by ブログ管理者

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古写真や絵はがきなど、史料館が架蔵している近現代の
ビジュアル史料を紹介するシリーズ「あの頃の尼崎」。
昨日ご紹介した写真は、尼崎市広報課写真プリントスク
ラップ「昔の写真1(明治・大正・昭和)」の1枚で、「貴
布禰神社祭礼」との記載があります。
まず、むしろをまとった人々の頭に注目してみましょう。
「砂持」「正遷宮」などの文字が見えますね。「砂持」
は、本来は、社寺の造営時などに地均しのため、氏子・
檀家が砂運びをしたことに由来します。「砂持ち踊り」
と呼ばれる踊りも催されることもあったようです。
昭和6年(1931)に発刊された『尼崎志』では、貴布禰神
社(尼崎市西本町)の「砂持」を「竣工祝賀参拝」の習
慣として紹介しています。実際の「砂持」の作業を模し
つつ、男女ともきらびやかに装い(仮装)、参拝をした
ようです。明治2年(1869)生まれの畠田繁太郎が記した
『尼崎今昔物語』(昭和12年刊)には、「所謂お祭気分の
砂持となると、砂を持つのは申し訳だけで、只祝意を表
する踊りを主眼とする。」とあって、踊りも催されてい
たことがわかります。
(つづく)


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