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◇●◇●◇「バーチャル歴旅」〜史料館架蔵史料の紹介〜vol.7-2(その1)◇●◇●◇

by ブログ管理者

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昨日ご紹介した史料は、内田繁氏文書(1)「尼崎地先へヲロシ
ヤ船渡来につき尼崎藩その他海岸警備の図」です。内田家は
尼崎藩士の家で藩家中の軍術の師などを勤めた家です。
絵図は昨日掲載したものと南北を逆にしています。本日は絵
図の下方が海=大阪湾です。
嘉永7年(1854)9月18日、大阪湾にプチャーチンを乗せたロシ
ア軍艦ディアナ号が天保山沖2kmに錨をおろしました。ロシア
による通商を求めるための、示威行為でした。大坂城代土屋
寅直から大阪湾沿岸を警備すべく、諸藩に警固の持ち場を通
達します。尼崎藩は兵庫から天保山北浦までが持ち場となり
ました。ここでは、尼崎藩がどのように警固をしたのか、絵
図から情報を拾ってみましょう。
まず、沿岸で篝火(かがりび)をたいています。「廻り」・
「沖手廻り」は、陸上・海上それぞれ巡回しながらディアナ
号の様子を監視していたと思われます。


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