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◇●◇●◇「バーチャル歴旅」〜史料館架蔵史料の紹介〜vol.8-1◇●◇●◇

by ブログ管理者

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前近代史料をご紹介しながら、尼崎市域のまちの歴史を
振り返りつつ時空を超えたバーチャル「旅」をしてしま
おう!というこの企画。今回ご紹介するのは、城下町尼
崎の城の南に築かれた町、築地町です。
元和4年(1618)の尼崎城築城により、旧来の中国街道は分
断されてしまいました。そのため、承応元年(1652)に街
道を城の南側、小島と葭島に付け替える工事とともに、
町場建設が計画されました。そして寛文4年(1664)には、
整然とした碁盤型街路の築地町が完成します。
写真は、「築地町絵図(享保20年[1735])」(地域研究史
料館架蔵築地町文書)です。絵図では、寛文4年以前に建
設された「古地」と称される町場部分は省略され、寛文5
年以降に開発された「新地」の街並みが描かれています。
中央に描かれた黄色のラインは「往還」と記されています
が、これは中国街道です。街道にある大黒橋は、築地町の
二つの島を結んでいます。中国街道の北側に平行して東西
にはしる道筋は、材木屋が並んでいたといわれる「北の浜
筋」。南の大浜地先は網干し場で漁師が集住していたと考
えられています。明日はもう少し絵図の細部に着目してみ
ましょう。


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