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大日本麦酒絵はがき/新たに収集した史料より(その1)

by ブログ管理者

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明治になり、壜詰めされたビールや洋酒が日本にも輸入
されるようになりました。飲料用の壜は、当初これら輸
入品の空き壜を再利用していましたが、国産ビールなど
の消費が増大するにつれて中古の壜では足りなくなり、
日本でもガラス壜が造られるようになります。当初国産
ガラス壜の製造は職人による「手吹き法」で行なわれて
おり、品質や形状のばらつきを抑えるのは困難でした。
そこでビール会社などが中心となって大正5年(1916)6
月に日本硝子工業が設立され、ガラス壜製造の自動化を
図ることになりました。同社は米国のオーエンス社(現
Owens-Illinois, Inc.)とライセンス契約を結び、輸入
した「オーエンス式」製壜機を、横浜の保土ヶ谷工場と
大正7年5月新城屋新田(現西向島町)に設けた尼崎工場
で稼働させ、日本で初めて製壜工程の完全な自動化を実
現しました。


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