天皇行幸

てんのうぎょうこう
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  1946年(昭和21)1月人間宣言を公表した昭和天皇は、同年2月以降各地を巡行し国民との接触に努めた。翌1947年6月には伊勢神宮参拝後関西各地を行幸、行幸地のなかには代表的な工業都市である尼崎も含まれていた。6月12日午後、自動車を連ね知事をともなって来尼した昭和天皇は、三菱化成、扶桑金属工業鋼管製造所、塩野義製薬杭瀬工場郡是製糸塚口工場を順に訪問して尼崎への行幸を終えた。扶桑金属では六島誠之助市長から市勢についての上奏を受けている。

執筆者: 地域研究史料館

案内
検索

  
ヘルプ
ツール
索引