供菜神人

ぐさいじにん
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  春日社興福寺浜崎荘下鴨社領長渚御厨の供菜神人が有名。供菜は供祭とも書かれる。供菜は供米に対する語である。神供の米に対して魚介(魚貝)・野菜(根菜)の類をいう。供祭は「延喜式」に供祭料と見え、当時の政令文書にも供祭(供神あるいは奠祭)がひんぱんに見えるが、供祭人という用例はない。供御人〔くごにん〕と同例のようだが解釈に苦しむ。ところが、長渚御厨の関係文書すべて供祭と記している。長渚御厨網人が魚貝を貢進するのだから、供菜と記すべきだが供祭と記す。春日大社でも供祭と記した例がままある。供祭の用例がむしろ一般的だが本義は供菜であろう。

執筆者: 永島福太郎

参考文献

  • 永島福太郎「供祭と供菜」『日本歴史』第428号 1984

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