公設市場

こうせついちば
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  1918年(大正7)の米騒動後、市は米以外の生活必需品の価格安定を目的として、バラック建ての市設物品販売所2棟を旧城郭内西三の丸に建設し、9月から営業を開始した。販売店数は当初8店であったが、翌1919年7月までに18店に増加し、1920年11月には同じ西三の丸に改築して公設市場と改称した。木造平屋建て約100坪で、設備費9,100円余りはすべて寄付金でまかなわれた。店舗数も増加して31店となり、1日あたり2,000人前後の客が利用、低廉かつ品質優良の物品販売に努めた結果、売上額は1921年に年間最高額26万円を記録した。1924年ころまでは順調であったが、市内の小売商が対抗して各所に廉売場を設けたため次第に衰微し、1930年(昭和5)5月廃止された。廃止に際して、指定商人には総額2,700円の慰労金が支給された。公設市場の廃業と前後して、市内各所の小売市場が次第に発展していくこととなった。

執筆者: 地域研究史料館

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