本咲利一郎

ほんざきりいちろう
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  1867年(慶応3)11月3日 - 1929年(昭和4)10月30日

  旧尼崎町の中在家町の豪商・大地主の泉屋の嫡男として生まれた。1878年(明治11)家督をつぎ、1888年12月の県下の公債大口所有者調べによると7,350円の公債を所有している。1889年には尼崎銀行尼崎紡績の設立発起人となり、尼崎銀行では頭取、尼紡では設立時の最大株主の一人で取締役に就任するなど、尼崎町最大の資本家となった。1898年には2万1,368円の田畑(約40町歩に相当)を所有し、また1911年尼崎町の資本者調べによると資産20万円で肥料商の川口平三郎とならんでトップに位置した。1895年には尼崎町の一級町会議員に当選、1916年(大正5)市制施行のさいには一級市会議員に当選した。

執筆者: 山崎隆三

参考文献

  • 富田重義・前川佐雄『尼崎市現勢史』 1916 土井源友堂

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