摂津職河辺郡猪名所地図

せっつしきかわべぐんいなしょちず
東大寺領猪名庄絵図より転送)
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  12世紀ころの作成と推定される「東大寺領猪名庄絵図」が伝えられている。絵図には756年(天平勝宝8)勅施入により東大寺の荘園となったこと、全面積46町6段225歩(内訳は宮宅地8段20歩、田地45町8段205歩)、さらに墾田36町6段212歩、浜250町、大小入江11か所、野100町の記載のあることから、この絵図が勅施入当時の天平勝宝8年の作成ではなく、その後の数世紀にわたる変遷をも一枚の図におさめたものといえる。数世紀間にわたって所領を争った東大寺・鴨社相論の中で、東大寺側が寺側に有利な証拠書類として提出した絵図であろう。この絵図には条里区画が描かれ、その呼称が明示されているので、川辺郡条里の復元に重要な手掛かりとなる。絵図に示された範囲は現在のJR尼崎駅付近を中心とする地域にあたる。

執筆者: 渡辺久雄

  同絵図は現在尼崎市教育委員会が所蔵しており、「摂津職河辺郡猪名所地図」として2001年(平成13)3月30日に兵庫県指定重要文化財に指定された。

執筆者: apedia編集部

参考文献

  • 渡辺久雄「東大寺領摂津国猪名庄の開発」『史林』第48巻第5号 1965 史学研究会
  • 渡辺久雄『条里制の研究』 1968 創元社
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