立花駅(東海道線)

たちばなえき(とうかいどうせん)
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  1931年(昭和6)の東海道線京都-神戸間電化計画発表を受けて、七松水堂を中心に立花村が鉄道省に対して新駅設置の陳情を行なった。大庄武庫村連署による武庫川鉄橋東堤防への駅設置陳情と競合したが、1933年8月に七松・水堂地内への立花駅設置が決定、駅用地が立花村から寄付され1934年7月20日に開業した。1933年11月設立の橘土地区画整理組合により七松・水堂・三反田にまたがる18万5,700坪の区画整理が実施され1935年10月完成、駅の南北に市街地が造成された。1970年6月駅橋上化工事完成。西に隣接する市道道意〔どい〕線の水堂踏切は「開かずの踏切」と呼ばれていたが、駅舎の橋上化と同時に市道も高架化して立体交差とし、踏切は廃止することとなった。道路を地下に通す方式を要望する地元との調整が難航したが、1972年2月高架道路2車線が開通した。

執筆者: 地域研究史料館

参考文献

  • 『立花駅-30年のあゆみ-』 1964 立花駅開設30周年祝賀委員会
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