関西電力

かんさいでんりょく
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  1950年(昭和25)11月公布の「電力事業再編成令」「公益事業令」などいわゆるポツダム政令にもとづき、1951年5月に発足。関西配電(株)・日本発送電(株)の資産等を継承し、発電・送電・配電を一貫経営する株式会社で、1939年以来実施されてきた電力国家管理に代わって設立された全国9電力会社の1つ。本店は大阪市北区梅ヶ枝町の宇治電ビル。電力供給地は、近畿と三重・岐阜・福井各県の一部。発電設備は9電力中最高で、特に火力発電設備は全国の41%を占めたが、その主力は尼崎第一・第二発電所などであった。1950年代以降の経済の高度成長の中で、尼崎第三発電所や尼崎東発電所が建設された。尼崎第三発電所は、1960年5月に1号機の工事が着工され、1963年1月に完成。2号機は同年5月、3号機は1968年9月に完成。出力はいずれも15万6,000kW、総工費約189億円。石炭に対して煤煙も少なく、石炭の灰捨場の必要のない大容量重油専焼火力として日本で最初に設計されたが、途中より原油生だき設備に変更。その理由は、経済性と硫黄分の少ない原油生だきの技術開発に成功したためである。1960年代の後半、環境問題が深刻化し1969年6月、公害防止協定が兵庫県・尼崎市と企業側との間で締結され、その結果ついに1974年9月に第一、1976年3月に第二発電所がそれぞれ停止された。

執筆者: 中山正太郎

  2001年(平成13)12月15日、尼崎第三発電所と尼崎東発電所が廃止され、市内からすべての火力発電所が消えた。2005年9月からは第三発電所跡地で世界最大規模の松下電器産業(2008年にパナソニックと改称)プラズマディスプレイパネル工場が稼働を開始したが、2013年12月27日をもって生産を終了し、2014年3月31日廃止された。

執筆者: apedia編集部

参考文献

  • 『関西電力二十五年史』 1978
  • 『関西地方電気事業百年史』 1987

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