阪鶴鉄道

はんかくてつどう
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
阪鶴鉄道路線図(尼崎・伊丹間)
阪鶴鉄道路線図(尼崎・伊丹間)

  日本海側の貿易港舞鶴と大阪とを結ぶ鉄道として、1893年(明治26)大阪財界人が中心となり摂津鉄道の株主も加わって資本金400万円で計画された。しかし翌年政府は京都鉄道予定線の福知山停車場と神崎駅との区間のみを許可したので、当初の計画は実現しないことになった。1896年着工、山陽鉄道技師長南清が顧問に招かれ、のち社長となった南の努力によって工事がすすめられた。1897年尼崎-池田間の摂津鉄道の既設線を買収、その軌道幅を0.762mから官線と同じ1.067mに拡幅し、同年4月開業した。生瀬-道場間の難工事を克服し、1899年7月福知山までの全線が開通した。その後福知山-舞鶴間が官営によって開通したので、阪鶴鉄道ではこれを借り入れ、他方では神崎駅から官線に乗り入れることに成功、大阪-舞鶴間の直通列車を実現し、ついに当初の目的を達成した。1907年の鉄道国有化によって阪鶴鉄道も国有となり、1909年に線路の名称が阪鶴線と定められ、1912年には福知山線と改称された。神崎駅から尼崎駅までは同尼崎支線となった。

執筆者: 山崎隆三

  阪鶴鉄道は、1893年(明治26)8月1日に鉄道敷設免許を出願し、1895年10月18日に創業総会を開いて会社として正式に発足した。

執筆者: apedia編集部

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