松平氏(信定系)

まつだいらし(のぶさだけい)
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  西三河桜井村(現愛知県安城市)を本貫とする桜井松平。十八松平とよばれる徳川氏庶家の一つ。1590年(天正18)小田原征伐後、徳川家康の関東入部に従い、武蔵国比企郡松山において1万石の分封地をうけ家人大名となったが、1600年(慶長5)関ヶ原の戦い後美濃国可児郡金山2万5,000石をうけ、公称の大名となった。譜代大名。翌年浜松藩(現静岡県浜松市)5万石、1609年とがをうけて所領を公収された。しかしその後しだいに加増され、1635年(寛永12)遠江国掛(懸)川(現静岡県掛川市)4万石に返り咲いた。信濃国飯山(現長野県飯山市)を経て再び掛川藩。そして1711年(宝永8)尼崎に4万石で入封し定着した。忠喬-忠名-忠告-忠宝-忠誨-忠栄-忠興と、最後の尼崎藩として7代160年つづいた。1868年(慶応4)正月鳥羽伏見の戦い直後、朝廷に恭順を誓い、徳川氏の旧姓松平から本姓に復せよとの命に従って、本貫の地名をとって桜井と改姓した。

執筆者: 八木哲浩

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