青山幸利

あおやまよしとし
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  1616年(元和2) - 1684年(貞享元)8月2日

  尼崎藩青山氏2代目藩主1643年(寛永20)3月26日、父青山幸成の遺領を継いだ。この時同時に幸成の遺言が幕府に認められ、弟青山幸通に3,000石、同青山幸正に2,000石、同青山幸高に新墾の地1,000石を分知し、4万8,000石を領有した。父に志をうけ、新田開発をおおいに進めた。御相伴衆の制度を設け、世情に通じ、知識をひろめることに努めた。尼崎城で病死、69歳。領内八部〔やたべ〕郡坂本村(現神戸市中央区楠町)の安養寺に葬られた。法号は成覚院廓誉一法道山。没後、嘉言善行をしるした『青大録』が編せられた。

執筆者: 山下幸子

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