廃藩

はいはん
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  戊辰戦争終結後全領地を没収された会津藩が第1号であるが、1869年(明治2)12月から1871年6月までに13藩が財政難などのために自発的に廃藩した。全国的な廃藩は、1871年7月14日に発せられた廃藩置県の詔書によって実現した。その結果、261の藩が廃されて県となった。尼崎藩尼崎県となり、市域に飛び地のある半原藩小泉藩もそれぞれ半原県・小泉県となった。半原県は11月15日額田〔ぬかた〕県となった。廃藩とともに知藩事は廃官となり、尼崎藩知事桜井忠興をはじめ各知藩事はすべて東京府へ移住が命じられた。11月20日の布告によって府県の大廃合が行なわれ、市域では尼崎県・額田県・小泉県は廃され、すべて兵庫県(第2次)に統合された。府県の分散した管轄地が一円的に統合され、旧領知関係は完全に消滅した。それと同時に藩兵の解隊が命じられ、尼崎藩の常備兵も12月末解散した。

執筆者: 山崎隆三

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