教育令

きょういくれい
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  1879年(明治12)9月、近代教育制度の創設に大きい役割を果たした学制に代わって、当時の実情に応じた教育令が公布された。その主要な改正点は、学制が小学校の課程を8年としたのにたいして、それを4年まで短縮しうるとし、しかも4年間は毎年最低4か月授業すればよいとし、したがって義務教育は最低16か月でよいこととなった。しかし翌1880年12月の改正教育令では、義務年限は16か月から3か年に引き上げられた。さらに1881年5月初等科3年、中等科3年、高等科2年の3課程が定められ、市域では脩斉校には初・中・高の3等科、小墾田〔おばただ〕校など5校には初・中の2等科が設けられ、その他は初等科のみであった。1886年4月小学校令の公布とともに、教育令は廃止された。

執筆者: 山崎隆三

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