長洲

ながす
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  古代の尼崎における最も形成期の早い沿岸砂州の名残り。弥生期以降、漁民が住みつき、奈良時代には東大寺領猪名荘の中心地となった。中世になって京都の鴨社との間に長年にわたる紛争が生じた。しかしそれが動機となって、長洲前面に浮かぶ島嶼の大物杭瀬・尼崎に逐次港の展開が見られ、後に近世城下町となる尼崎の形成の契機となった。

執筆者: 渡辺久雄

  1883年8月15日、東長洲中長洲が合併し長洲村となった。

執筆者: apedia編集部

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