執筆者:渡辺久雄

出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
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  • 尼崎
    地名の由来は、漁民を意味するアマと、先端を意味するサキの結合したものであろう。尼崎地域の土 ...
    2011-12-05 19:13:50更新
  • 尼崎港
    広義の尼崎港は、中世以来の長洲、杭瀬、大物、尼崎という港の変遷とともに考えられるべきであろ ...
    2017-06-22 13:18:32更新
  • 有馬道
    昔の道路名は、現在のような厳密さがなく、同じ道路がいくつかの異なる名称を持っていたり、また ...
    2006-05-01 10:16:54更新
  • 一の洲
    淀川河口において、陸岸の近くに、最初に形成された砂州の意味であったろうが、後には地名化し、 ...
    2006-05-01 10:30:08更新
  • 猪名川
    摂津と丹波の国境にある大野山付近に水源を持ち、兵庫県と大阪府の境界を形成しながら南下し、尼 ...
    2006-05-01 10:30:51更新
  • 猪名野
    為奈野とも書かれる。地理的には、旧川辺郡に属する猪名川の右岸域の総称。古くはササガヤ・ヨシ ...
    2010-01-27 16:14:06更新
  • 猪名の湊
    古代の大阪湾、猪名川の河口に在った泊りの一つ。故地を比定することはむずかしい。かつて存在し ...
    2006-05-01 10:33:01更新
  • 岡田山
    西宮市の西北にある上ヶ原丘陵の東南端を占めている。この岡田山の一隅に1872年(明治5)土 ...
    2006-05-01 13:03:57更新
  • 仮製地形図
    1884年(明治17)から1890年の間に陸軍参謀本部測量課が測量し作成した2万分の1の地 ...
    2006-05-01 13:11:02更新
  • 河尻
    785年(延暦4)、西海への最短距離として淀川下流に三国川(神崎川)が開削された。淀川より ...
    2006-05-01 13:16:48更新
  • 神崎川
    旧名三国川〔みくにがわ〕は、「続日本紀」延暦4年(785)正月14日の条に「摂津国の神下〔 ...
    2006-05-01 13:28:01更新
  • 神崎津
    785年(延暦4)、長岡京遷都のさいに神崎川(旧称三国川)と淀川をつなぐ水路が開かれ、神崎 ...
    2006-05-01 13:28:30更新
  • 傀儡子
    人形遣いを言う。その起源については、巫女説・海部〔あまべ〕説・外来民族説があるが、今となっ ...
    2010-08-26 13:16:57更新
  • 昆陽池
    伊丹市域の北寄りにあり、奈良時代の僧行基が造築したと伝えられる池。かつては上池・下池の二つ ...
    2010-09-02 16:27:05更新
  • 西国街道
    律令によって規定された最も重要な官道(大路〔おおじ〕)の山陽道を指す。西国街道と呼ぶのは山 ...
    2006-06-29 18:51:43更新
  • 左門殿川
    戸田氏鉄(戸田左門)の開削した水路として左門殿川の名がついているが、三国川(神崎川)の場合 ...
    2006-05-06 10:29:17更新
  • 庄下川
    大物川が古くから東西方向に流れていたのに対し、庄下川は常に南北方向をとってきた。これは尼崎 ...
    2009-12-11 16:53:47更新
  • 条里制
    大化改新以後にできた律令体制の一つに班田制〔はんでんせい〕があり、公地公民の原則に基づく班 ...
    2006-05-06 11:58:49更新
  • 摂津職河辺郡猪名所地図
    12世紀ころの作成と推定される「東大寺領猪名庄絵図」が伝えられている。絵図には756年(天 ...
    2011-06-09 14:08:57更新
  • 大物浦
    武庫川・猪名川・淀川水系は、地質時代以降大阪湾に多くの土砂を運搬し堆積した。また、大阪湾を ...
    2006-05-06 13:29:29更新

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