園田村

そのだむら
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  1889年(明治22)4月の町村制施行によって、下食満〔けま〕組戸長役場区域(猪名寺田能椎堂南清水上食満中食満下食満瓦宮穴太富田法界寺小中島戸之内の13か村)、上坂部組(万多羅寺岡院口田中上坂部若王寺の6か村-1881年万多羅寺・岡院両村は合併して御園〔みその〕村となる)の両戸長役場管轄区域が合併して園田村となった。人口4,876人(1889年末)、村役場は中食満村に新設された。1930年(昭和5)村内に園田競馬場が開設され、1936年には阪急電鉄園田駅が開設されて周辺に住宅地が開発されたが、全体としては純農村地域であった。尼崎市との合併は最もおくれ、第2次大戦後の1947年3月1日に尼崎市と合併したが、当時の人口は1万9,288人であった。

執筆者: 山崎隆三

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